
ネタニヤフは「負けないが勝てない」のか、中東はどう動くのか
今月末、イスラエルで総選挙があります。2023年10月7日のハマスによる奇襲と、その後のガザ戦争を経て、初めての総選挙です。長く首相を務めてきたベンヤミン・ネタニヤフ氏が政権を保てるかどうかが最大の焦点で、結果は中東全体の安全保障、ひいては原油やスエズ運河といった私たち投資家に身近なテーマにも関わってきます。
ニュースでは「ネタニヤフ陣営が苦戦」「どちらも過半数に届かない」といった断片が流れますが、仕組みを知らないと何がどう苦戦なのか分かりにくいものです。この記事では、政治の予備知識がなくても読めるように、順を追って整理します。
そもそも、今回はどんな選挙なのか
投開票は2026年10月27日。在外公館での投票は10月20日に行われ、最終的な確定は11月4日の予定です。選ぶのはイスラエルの国会「クネセト」の議員で、仕組みは日本の衆院選とはかなり違います。要点を3つのカードにまとめます。
背景も押さえておきましょう。前の国会(第25クネセト)は2026年7月17日に、4年の任期を満期まで務めて解散しました。イスラエルでは任期途中の政局で解散することが多く、満期での解散は1988年以来のことです。それだけ異例ずくめの4年間だった、と言い換えることもできます。
いまのイスラエル政治は、政策論というより「ネタニヤフを続けさせるか、代えるか」という一点で、大きく2つのブロックに分かれています。
ネタニヤフが政権を維持するには、どれだけ必要か
答えはシンプルで、自陣営の合計で61議席です。リクード単独の数ではなく、シャス・UTJ・オツマ・宗教シオニズムを足し合わせて61に届くかどうか、が勝負です。
「票」でイメージすると、1議席はおよそ全国票の0.83%(120分の1)。足切りの3.25%は約4議席分にあたります。逆に言えば、陣営内の小党が3.25%をわずかに割り込んで議席ゼロになると、その票は丸ごと消え、連立全体で数議席をまとめて失うことになります。1〜2議席差で61に届くか届かないかが決まる世界なので、「どの小党が足切りを越えるか」が、大政党の人気以上に結果を動かします。
いま、政権を維持できる可能性は?
選挙直前に出た主要メディア3社の最終調査は、そろって「どちらのブロックも61に届かない」という結果でした。数字を並べます(議席数の予測)。
(第一党ヤシャル22、リクード19)
(第一党ヤシャル23、リクード21)
(第一党ヤシャル22、リクード20)
一見すると「反ネタニヤフ陣営がリード」に見えます。ところが、ここに大きなからくりがあります。反ネタニヤフ陣営はアラブ系政党と組まない方針のため、見かけの議席では上回っても、アラブ系の14〜16議席を足せない。すると自力では61に届かないのです。
つまり構図は、ネタニヤフ陣営は過半数に届かず、反対陣営も(アラブ系抜きでは)過半数に届かないという「どちらも勝ちきれない」状態。選挙後も政権の枠組みが決まらず膠着(デッドロック)に陥る可能性が現実的に語られています。そして膠着のあいだは、ネタニヤフ氏が暫定首相として職にとどまる見込みです。言い換えれば、ネタニヤフ氏にとっては「負けないが、勝ちきれない」選挙になりやすい、ということです。
最後の変数が、先に触れた小党の足切りです。直前調査では、いくつかの新興小党が3.25%前後で「入るか・消えるか」の瀬戸際にあり、ここの数議席の振れ方次第で、膠着が解けてどちらかに傾く余地も残っています。
勝敗は得票の多寡より、
“誰と組めるか”と“小党が消えるか”で決まる。
もし負ければ、ネタニヤフはどうなるのか
ネタニヤフ氏には、2019年に起訴された汚職事件の裁判が続いています。中身は大きく3件です。
本人の証言は2026年6月24日に、98回に及ぶ公聴を経ていったん終わりました。判決の時期はまだ決まっておらず、裁判は継続中です。ここで政治と裁判が結びつきます。首相の座にあるうちは、立場そのものが訴追への事実上の「盾」として働きます。逆に政権を失えば、その盾を失い、裁判の重みが一気に増すのです。
すでにネタニヤフ氏は2025年11月30日、ヘルツォグ大統領に恩赦を正式に申請しています。大統領はまだ結論を出していません。トランプ米大統領は恩赦や裁判の打ち切りを繰り返し促していますが、野党のラピド氏は「有罪を認めて政界を引退するなら」と条件を付けるなど、簡単に片付く話ではありません。
したがって、もし敗れて政権を明け渡す流れになれば、ネタニヤフ氏は司法リスクと正面から向き合うことになり、恩赦や司法取引をめぐる交渉力も弱まります。長く続いた政治生命の転機になりうる、という見方が有力です。ただし前章のとおり、完全な「敗北」より「膠着のまま暫定続投」という中間シナリオの方が現実味がある点には注意が必要です。
もし勝てば、中東戦況はどう動くのか
まず前提として、いまのガザの状況を確認します。2025年10月にトランプ氏の仲介で停戦が成立し、生存していた人質は解放されました。ただし停戦は恒久的な和平には至っておらず、イスラエルはガザの6割超を支配下に置き、ハマスも組織として残っているとされます。武装解除と安定化をうたう「ガザ和平計画」の第2段階は、目立った進展がない状況です。
この局面でネタニヤフ氏が勝ち、現体制が続いた場合に見込まれるのは、おおむね次のような方向です。
一方で、仮に反ネタニヤフ陣営が主導権を握っても、紛争の根本的な枠組みが大きく変わるとは限りません。野党側も二国家解決(パレスチナ国家の樹立)には賛成しておらず、安全保障の基本線は現政権と大きくは違わない、というのが専門家の見立てです。変わりうるのは外交のトーン——地域との対話を立て直そうとする動き——であって、対立の構造そのものではない、ということです。
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出典
「Final polls before election show both blocs short of majority」(The Times of Israel、2026年10月)
「Israel’s 2026 Elections: October 7 Looms, Domestic Issues Dominate」(PRIF BLOG、2026年10月)
「Trial of Benjamin Netanyahu」(Wikipedia、2026年)
「Israel’s 2026 election will take place on October 27」(Haaretz、2026年)
