Vol.1946:10月27日、イスラエル総選挙──ネタニヤフは「負けないが勝てない」のか、中東はどう動くのか

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埜嵜 雅治

執筆者埜嵜 雅治

Meti Lux Partners 
代表取締役CEO

MLP INVESTOR COLUMN | ISRAEL / MIDDLE EAST
10月27日、イスラエル総選挙
ネタニヤフは「負けないが勝てない」のか、中東はどう動くのか
Vol.1945
読了時間
約8分
対象読者
中東・新興国の地政学と相場の関係を、ニュースより一歩深く理解したい投資家
この記事で分かること
今回の選挙の仕組み/ネタニヤフが政権を保つ条件/勝敗の可能性/負けたとき・勝ったときに何が起きるか

今月末、イスラエルで総選挙があります。2023年10月7日のハマスによる奇襲と、その後のガザ戦争を経て、初めての総選挙です。長く首相を務めてきたベンヤミン・ネタニヤフ氏が政権を保てるかどうかが最大の焦点で、結果は中東全体の安全保障、ひいては原油やスエズ運河といった私たち投資家に身近なテーマにも関わってきます。

ニュースでは「ネタニヤフ陣営が苦戦」「どちらも過半数に届かない」といった断片が流れますが、仕組みを知らないと何がどう苦戦なのか分かりにくいものです。この記事では、政治の予備知識がなくても読めるように、順を追って整理します。

そもそも、今回はどんな選挙なのか

投開票は2026年10月27日。在外公館での投票は10月20日に行われ、最終的な確定は11月4日の予定です。選ぶのはイスラエルの国会「クネセト」の議員で、仕組みは日本の衆院選とはかなり違います。要点を3つのカードにまとめます。

全国まるごと1つの比例代表(定数120)
選挙区という区切りがなく、国全体を1つの大きな選挙区として、各政党の得票率に応じて120議席を配分します。候補者個人ではなく「政党(名簿)」に投票するイメージです。
過半数は61議席
120議席の半分を超える61議席を握れば政権を握れます。ただしイスラエルでは1党で61を取ることはまずなく、複数の政党が手を組む「連立」で61を目指すのが常です。
足切りライン3.25%
得票率が3.25%(議席でおよそ4つ分)に届かない政党は、議席がゼロになります。小さな党がこの線を越えられるかどうかが、連立全体の勝敗を左右する「隠れた主役」になります。

背景も押さえておきましょう。前の国会(第25クネセト)は2026年7月17日に、4年の任期を満期まで務めて解散しました。イスラエルでは任期途中の政局で解散することが多く、満期での解散は1988年以来のことです。それだけ異例ずくめの4年間だった、と言い換えることもできます。

いまのイスラエル政治は、政策論というより「ネタニヤフを続けさせるか、代えるか」という一点で、大きく2つのブロックに分かれています。

ネタニヤフ陣営(与党ブロック)
中核はネタニヤフ氏の「リクード」(サアル氏の新希望が合流)。これに宗教政党のシャス、ユダヤ教連合(UTJ)、ベングビール氏の「オツマ・イェフディト」、スモトリッチ氏の「宗教シオニズム」が連なります。
反ネタニヤフ陣営(変革ブロック)
元軍参謀総長アイゼンコット氏の「ヤシャル」、ベネット氏とラピド氏が組む「一緒に(B’Yachad)」、ゴラン氏の「民主党」、リーベルマン氏の「イスラエル我が家」などが並びます。いまの調査では、この陣営の第一党はアイゼンコット氏のヤシャルです。
アラブ系政党(両陣営の「外」)
アラブ系住民を支持基盤とする政党群は、どちらのブロックにも入っていません。両陣営とも、政権づくりでアラブ系政党を頼らない方針を掲げています。この点が、後で述べる「膠着」の鍵になります。

ネタニヤフが政権を維持するには、どれだけ必要か

答えはシンプルで、自陣営の合計で61議席です。リクード単独の数ではなく、シャス・UTJ・オツマ・宗教シオニズムを足し合わせて61に届くかどうか、が勝負です。

「票」でイメージすると、1議席はおよそ全国票の0.83%(120分の1)。足切りの3.25%は約4議席分にあたります。逆に言えば、陣営内の小党が3.25%をわずかに割り込んで議席ゼロになると、その票は丸ごと消え、連立全体で数議席をまとめて失うことになります。1〜2議席差で61に届くか届かないかが決まる世界なので、「どの小党が足切りを越えるか」が、大政党の人気以上に結果を動かします。

いま、政権を維持できる可能性は?

選挙直前に出た主要メディア3社の最終調査は、そろって「どちらのブロックも61に届かない」という結果でした。数字を並べます(議席数の予測)。

チャンネル13
変革ブロック 54 / ネタニヤフ陣営 50 / アラブ系 16
(第一党ヤシャル22、リクード19)
チャンネル12
変革ブロック 56 / ネタニヤフ陣営 50 / アラブ系 14
(第一党ヤシャル23、リクード21)
公共放送Kan
変革ブロック 52 / ネタニヤフ陣営 50 / アラブ系 14(予備役の党4)
(第一党ヤシャル22、リクード20)

一見すると「反ネタニヤフ陣営がリード」に見えます。ところが、ここに大きなからくりがあります。反ネタニヤフ陣営はアラブ系政党と組まない方針のため、見かけの議席では上回っても、アラブ系の14〜16議席を足せない。すると自力では61に届かないのです。

つまり構図は、ネタニヤフ陣営は過半数に届かず、反対陣営も(アラブ系抜きでは)過半数に届かないという「どちらも勝ちきれない」状態。選挙後も政権の枠組みが決まらず膠着(デッドロック)に陥る可能性が現実的に語られています。そして膠着のあいだは、ネタニヤフ氏が暫定首相として職にとどまる見込みです。言い換えれば、ネタニヤフ氏にとっては「負けないが、勝ちきれない」選挙になりやすい、ということです。

最後の変数が、先に触れた小党の足切りです。直前調査では、いくつかの新興小党が3.25%前後で「入るか・消えるか」の瀬戸際にあり、ここの数議席の振れ方次第で、膠着が解けてどちらかに傾く余地も残っています。

「どちらも61に届かない」。
勝敗は得票の多寡より、
“誰と組めるか”と“小党が消えるか”で決まる。

もし負ければ、ネタニヤフはどうなるのか

ネタニヤフ氏には、2019年に起訴された汚職事件の裁判が続いています。中身は大きく3件です。

事件1000
富豪から高級葉巻やシャンパン、妻への贈答品などを受け取ったとされる件。詐欺・背任の容疑。
事件2000
有力紙に有利な報道をしてもらう見返りに、ライバル紙を抑える立法を図ったとされる件。詐欺・背任の容疑。
事件4000(最も重い)
通信大手に規制上の便宜を図る見返りに、系列ニュースサイトで好意的な報道を得たとされる件。収賄に加え詐欺・背任の容疑。

本人の証言は2026年6月24日に、98回に及ぶ公聴を経ていったん終わりました。判決の時期はまだ決まっておらず、裁判は継続中です。ここで政治と裁判が結びつきます。首相の座にあるうちは、立場そのものが訴追への事実上の「盾」として働きます。逆に政権を失えば、その盾を失い、裁判の重みが一気に増すのです。

すでにネタニヤフ氏は2025年11月30日、ヘルツォグ大統領に恩赦を正式に申請しています。大統領はまだ結論を出していません。トランプ米大統領は恩赦や裁判の打ち切りを繰り返し促していますが、野党のラピド氏は「有罪を認めて政界を引退するなら」と条件を付けるなど、簡単に片付く話ではありません。

したがって、もし敗れて政権を明け渡す流れになれば、ネタニヤフ氏は司法リスクと正面から向き合うことになり、恩赦や司法取引をめぐる交渉力も弱まります。長く続いた政治生命の転機になりうる、という見方が有力です。ただし前章のとおり、完全な「敗北」より「膠着のまま暫定続投」という中間シナリオの方が現実味がある点には注意が必要です。

もし勝てば、中東戦況はどう動くのか

まず前提として、いまのガザの状況を確認します。2025年10月にトランプ氏の仲介で停戦が成立し、生存していた人質は解放されました。ただし停戦は恒久的な和平には至っておらず、イスラエルはガザの6割超を支配下に置き、ハマスも組織として残っているとされます。武装解除と安定化をうたう「ガザ和平計画」の第2段階は、目立った進展がない状況です。

この局面でネタニヤフ氏が勝ち、現体制が続いた場合に見込まれるのは、おおむね次のような方向です。

強硬路線の継続
安全保障重視の姿勢と、国境を越えた軍事的プレゼンスが続くとみられます。エジプト・ヨルダンや、アブラハム合意の国々との摩擦が深まる可能性が指摘されています。
対イランは引き続き高緊張
2026年2月末には米・イスラエルがイランへの共同軍事作戦を開始しています。イランの影響力は削がれつつも健在とされ、対イラン強硬はどちらの陣営でも共通します。
サウジとの正常化は当面遠い
サウジアラビアとの国交正常化は、現状では手が届きにくいとみられています。

一方で、仮に反ネタニヤフ陣営が主導権を握っても、紛争の根本的な枠組みが大きく変わるとは限りません。野党側も二国家解決(パレスチナ国家の樹立)には賛成しておらず、安全保障の基本線は現政権と大きくは違わない、というのが専門家の見立てです。変わりうるのは外交のトーン——地域との対話を立て直そうとする動き——であって、対立の構造そのものではない、ということです。

⚠ 留意点
本稿の議席数は、いずれも投票前の世論調査にもとづく予測です。イスラエルの選挙は小党の足切りや連立交渉で結果が大きく動くため、実際の開票結果や政権の枠組みは予測と異なりうる点にご留意ください。「反ネタニヤフ陣営がリード」との見出しも、アラブ系政党を足さない前提では過半数に届かない、という条件付きの数字です。
💡 投資家への視点
相場にとって最大の重しは「結果が出ないこと」です。どちらも過半数に届かず膠着が長引けば、イスラエルの政策不透明感が続き、中東の地政学リスクが高止まりしやすくなります。これは原油価格、スエズ運河の通航、そして当社が拠点を置くエジプトや湾岸の事業環境にも波及しうるテーマです。選挙そのものに賭けるのではなく、「どちらに転んでも中東の緊張はしばらく続く」という前提に立ち、地域やアセットを分散して備えておく——という見方が、現時点では穏当だと考えます。
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出典

「2026 Israeli legislative election」(Wikipedia、2026年10月)
「Final polls before election show both blocs short of majority」(The Times of Israel、2026年10月)
「Israel’s 2026 Elections: October 7 Looms, Domestic Issues Dominate」(PRIF BLOG、2026年10月)
「Trial of Benjamin Netanyahu」(Wikipedia、2026年)
「Israel’s 2026 election will take place on October 27」(Haaretz、2026年)

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