
目次
- 1 Vol.1936:ドバイで毎日生まれるレストラン──その裏で、何店が静かに消えているのか?
- 1.1 1. 「毎日十数軒が誕生」は本当か──まず数字を押さえる
- 1.2 2. 最大の発見──「閉店数」の統計は、そもそも存在しない
- 1.3 3. 店舗ストックから読む「見えない新陳代謝」
- 1.4 4. 2018年開業コホートを、8年後まで追ってみた
- 1.5 5. 推計生存率モデル(参考レンジ)
- 1.6 6. では、投資は何年で回収すべきか
- 1.7 7. モデルケース:ドバイに100席の日本食レストランを出す
- 1.8 8. 想定P/L(参考モデル)
- 1.9 9. 初期投資と回収期間
- 1.10 10. 「安ければ安全」は成り立たない──客単価別シナリオ
- 1.11 11. 損益分岐点──「繁盛して見える店=儲かっている店」ではない
- 1.12 12. 家賃は「払える額」から逆算する
- 1.13 13. 経営KPIの目安(参考)
- 1.14 14. 結論──ドバイの飲食市場の本質は「競合が供給され続ける市場」
Vol.1936:ドバイで毎日生まれるレストラン──その裏で、何店が静かに消えているのか?
「ドバイは景気がいいから飲食店が増えている」。現地にいると毎週のように新店の開業を目にする。しかし、数字を調べ始めると、誰も語りたがらない“もう一つの面”が見えてきた。新規出店の多さは、飲食経営が簡単であることを少しも意味しない。
ドバイで暮らしていると、飲食店の入れ替わりの速さに驚かされる。先月まで行列ができていた店が、気づけば内装を剥がされ、別のブランドの看板が掛かっている。その一方で、新しいレストランは本当に毎週のように生まれている。
「これだけ店ができるのだから、ドバイの飲食は儲かるのだろう」。多くの人がそう考える。私自身、現地で複数の事業を見てきた立場として、その“体感”はよく分かる。ただ、投資判断を体感で下すわけにはいかない。そこで新規出店、店舗総数、閉店、生存率といった数字を一つずつ調べてみた。すると、想像とは少し違う市場の姿が見えてきた。
1. 「毎日十数軒が誕生」は本当か──まず数字を押さえる
ドバイ市(Dubai Municipality)が公表している「food establishment(飲食関連施設)」の新規開業データは、たしかに力強い。
2020年:1,303施設(コロナ禍でも純増)/年末総数 19,259施設
2021年:1,343施設
2024年:新規「レストラン」ライセンス 約1,200件(Dubai DET)
2025年上期:2,336施設(半年)
2026年上期:1,898施設/総数 29,303施設(直近)
2025年上期の2,336施設は、半年=約181日で割ると1日あたり約12.9施設。文字どおり「ドバイでは毎日十数軒の“食の施設”が生まれている」計算になる。実際、現地メディアはこの勢いを繰り返し報じている。
ただし、ここで最初の注意点を置いておきたい。「food establishment」と「レストラン」は同じではない。food establishmentには、レストランのほかにカフェ、カフェテリア、ベーカリー、食料品店(グロサリー)、スーパーマーケットなどが含まれる。つまり「1日13軒の“レストラン”が開業している」と書くのは正確ではない。実際、2024年にドバイ市が発行した“レストラン”ライセンスは年間で約1,200件。1日あたりに直せば3〜4件の水準だ。数字を使うときは、この定義の違いを必ず分けて考える必要がある。
なお、カテゴリーを揃えて「レストラン+カフェ」で見ると、2018年末時点の営業店舗数は11,813店だった(ドバイ経済開発局=DEDの集計)。その後、2022〜2025年頃のレストラン+カフェ市場は概ね12,000〜13,000店規模とされる。一方で food establishment 全体(スーパー等を含む広い定義)の総数は、2023年6月で23,400超、2024年に26,000超、直近2026年上期で29,303施設へと伸びている。レストランという“狭い器”と、飲食関連全体という“広い器”では、数字のスケールがまったく違うことを押さえておきたい。
2. 最大の発見──「閉店数」の統計は、そもそも存在しない
新規出店を調べるのは簡単だった。問題は“反対側”だ。「では、毎年どれだけの店が閉店しているのか?」を調べ始めて、私は壁にぶつかった。
ドバイ政府は、飲食店の永久閉店数・倒産件数・閉店率を、継続的な年次統計として公表していない。これは今回の調査で最も重要な発見だった。
ドバイ市が時折発表する「○○店舗をclosedした」という数字は見かける。しかしその多くは、食品衛生違反や行政上の処分による一時的な営業停止であって、経営不振による廃業ではない。したがって、これを「年間閉店件数」として読むのは誤りだ。
実際、2025年7月にAP通信がドバイの飲食市場を取材した記事でも、業界の古参たちは「失敗率は高い」と口を揃える一方、「当局は閉店率を公表していない(local authorities don’t say what the rate of closures is)」とされ、ドバイ経済観光局(DET)は閉店データに関する質問に回答しなかった、と報じられている。
ここから導かれる結論はシンプルだ。ネット上でよく見かける「ドバイでは60%のレストランが1年以内に潰れる」といった数字は、一次資料で確認できない。もっともらしく語られていても、出所をたどると公式統計に行き着かないものが多い。だから本稿では、そうした数字を“事実”としては一切使わない。「調べたが、信頼できる政府統計では確認できなかった」と正直に書くことこそ、投資判断の出発点だと考えている。
「閉店率が高い」と語る業界関係者は多い。しかし当局はその率を公表していない。
──“分からない”という事実こそ、投資家が直視すべき最初のリスクだ。
3. 店舗ストックから読む「見えない新陳代謝」
閉店の直接統計がないなら、別の角度から市場の代謝を推し量るしかない。そこで店舗ストック(総数)と新規参入数を突き合わせてみる。
レストラン+カフェ市場は、2018年末の11,813店から、近年は概ね12,000〜13,000店規模とされる。つまりこの数年、市場全体の店舗数はさほど激増していない。ところが、2024年だけでも約1,200件のレストランライセンスが新規発行されている。既存のレストラン市場(1万数千店)に対して、毎年およそ1割に相当する新規参入が起きている計算だ。
にもかかわらず、総数が毎年10%ずつ膨らんでいるわけではない。この差が意味するのは一つ──新規参入とほぼ同じ規模で、既存店舗が市場から退出しているということだ。入ってくる店と出ていく店が拮抗して、見かけ上の総数は緩やかにしか動かない。水面は静かでも、水面下では猛烈な入れ替わりが起きている。
4. 2018年開業コホートを、8年後まで追ってみた
マクロの代謝が見えたので、次はミクロで検証した。2018年にドバイで新規開業したレストランは641店。政府は641店すべての名称を公開していないため、当時の開業報道などから確認できる店舗をサンプリングし、2026年現在も営業しているかを一つずつ調べた。
象徴的だったのはHouse Party Barだ。2018年7月開業、2019年3月閉店と報じられており、わずか約8か月で市場から退出した。その対極に、Scaliniのように8年以上にわたり同一店舗として営業を続ける店もある。
このサンプルでは、約8年後まで同一店舗として生き残っている割合は、おおむね40〜50%程度となった。ただし強調しておきたい。これは641店すべてを調べた正式な生存率ではない。メディアで紹介された比較的有名な店にサンプルが偏っている可能性があり(知名度のある店は存続しやすいバイアスもあり得る)、あくまで“参考サンプル”“推計”として扱うべき数字だ。
5. 推計生存率モデル(参考レンジ)
公式の生存率は存在しない。それでも、①店舗ストック、②新規参入数、③市場の純増、④2018年開業コホートの参考サンプル──これらを組み合わせると、投資判断の“たたき台”として次のようなレンジが想定できる。
2年後:約75〜85%
3年後:約68〜80%
5年後:約55〜70%
8年後:約40〜55%
10年後:約30〜45%
この推計を素直に読むと、「ドバイの飲食店は平均2〜3年で潰れる」というよく聞くイメージは、少なくとも今回確認したデータとは整合しない。むしろ半数程度が市場から退出するまで6〜9年前後、という仮説のほうが現時点では合理的に見える。繰り返すが、これは公式統計ではなく、あくまで本稿独自の推計である。
6. では、投資は何年で回収すべきか
ここからが投資家にとっての本題だ。生存率の推計を踏まえると、問いはこう変わる。「ドバイで飲食店を出すなら、何年で初期投資を回収する設計にすべきか」。
今回の推計では、5年後まで生存している店は55〜70%程度。言い換えれば、5年先の生存は“コインの表裏に近い”。にもかかわらず初期投資を5〜7年かけて回収するモデルを組めば、回収し切る前に市場から退出するリスクを正面から抱えることになる。理想は、2〜3年以内に初期投資を回収する事業設計だ。この視点を具体的な数字モデルで確かめてみる。
7. モデルケース:ドバイに100席の日本食レストランを出す
以下はあくまで“仮定したモデル”であり、実在の店舗の数字ではない。前提を次のように置く。
ランチ:稼働率50%・1回転
ディナー:稼働率75%・1.3回転
営業:月31日
月商:約AED 1.14百万
年商:約AED 13.7百万
8. 想定P/L(参考モデル)
人件費:約27%
家賃:約10%
デリバリー・決済関連:約4%
水道光熱費:約3%
マーケティング:約3%
その他:約8%
営業利益:約14%
この構造だと、月間営業利益は約AED 160,000、年間では約AED 1.9百万となる。ただし、これはあくまでモデルであり、立地・運営力・為替・人件費の変動で実際には大きくブレる点は強調しておきたい。
9. 初期投資と回収期間
厨房:AED 400千
家具・食器:AED 250千
ライセンス・各種認可:AED 100千
POS・IT:AED 80千
開業マーケティング:AED 100千
デポジット等:AED 250千
初期在庫:AED 70千
運転資金:AED 500千
予備費:AED 250千
合計:約AED 3.4百万
年間営業利益がモデルどおりAED 1.9百万出れば、投資回収は約1.8年。推計生存率に照らしても十分に“勝ち筋”が見える水準だ。ただし、これは想定売上を順調に達成できた場合の話であることを忘れてはならない。
10. 「安ければ安全」は成り立たない──客単価別シナリオ
ここが今回のモデルで最も直感に反する部分だ。同じ100席・同じ客数でも、客単価を変えると回収年数は大きく変わる。
初期投資AED 2.5百万なら回収:約6.1年 → 生存率を考えるとリスク大
初期投資AED 3.4百万で回収:約1.8年
初期投資AED 5百万で回収:約1.9年
比較すると、低単価モデルの回収が最も遅い。ドバイでは家賃・人件費・内装・ライセンス・光熱費といった固定費が総じて高い。固定費が重い市場で単価を下げると、必要客数が跳ね上がり、満席に近い稼働を毎日続けなければ採算が合わなくなる。つまり「価格を安くすれば安全」どころか、低単価のほうが難易度が上がり得る。ドバイの飲食は、薄利多売が通りにくい構造だと考えたほうがいい。
11. 損益分岐点──「繁盛して見える店=儲かっている店」ではない
基本モデル(100席・客単価AED250)で損益分岐を概算する。月商目標はAED 1.1〜1.2百万、損益分岐月商はおおむねAED 900千前後と仮定する。客単価AED250なら、1日あたり約116〜120人が損益分岐の目安になる。
基本モデルの想定客数は約148人/日。つまり客数が2割落ちるだけで、利益は大きく圧縮され、損益分岐付近まで一気に沈む。店先に行列ができていても、その2割の余裕がどこにあるかは外からは見えない。「賑わっている店=儲かっている店」とは限らないのだ。投資家が見るべきは、満席の写真ではなく、損益分岐までの“距離”である。
12. 家賃は「払える額」から逆算する
ドバイで飲食店を設計するなら、家賃は売上の10%前後、可能なら8%程度に抑える発想を持ちたい。基本モデル(月商AED 1.1百万=年商AED 13.2百万)なら、家賃10%で年間上限は約AED 1.32百万、8%なら約AED 1.06百万となる。
順序が大事だ。「良い場所だから高い家賃を払う」のではなく、「この家賃を払うなら、年商いくらが必要か」を先に逆算する。好立地の高額家賃は、その分だけ必要売上のハードルを押し上げる。立地の魅力に引きずられて家賃から入ると、損益分岐が遠のいていることに開業後に気づく──これはドバイに限らないが、固定費の高いドバイでは特に効いてくる。
13. 経営KPIの目安(参考)
月商:AED 1.1〜1.4百万
食材原価:32%以下
人件費:28%以下
家賃:売上の10%前後以下
営業利益率:10〜12%以上
総初期投資:AED 3〜3.5百万程度以内
投資回収:24〜30か月以内
ただし、この条件を満たせば“必ず成功する”という意味ではない。あくまで投資判断のための参考モデルであり、満たせないなら「なぜ満たせないのか」を開業前に突き詰めるための物差しだと考えてほしい。
14. 結論──ドバイの飲食市場の本質は「競合が供給され続ける市場」
「ドバイは人口も観光客も増え続けている。だからレストランを出せば儲かる」。この単純な命題に、本稿は数字で疑問を投げかけてきた。
たしかに市場は成長している。しかし同時に、毎年大量の新規店舗が市場に流れ込む。成長の恩恵を受ける一方で、競争相手も猛烈な勢いで増え続ける。ドバイ飲食市場の本当の特徴は、「店がすぐ潰れる市場」というより、「新しい競合が絶え間なく供給され続ける市場」なのではないか──今回の調査から、私はそう考えるに至った。
だとすれば、投資家が問うべきは「この店は儲かるか?」だけではない。むしろ「競争環境が変わってしまう前に、何年で投資資金を回収できるのか」という視点こそが決定的になる。ドバイで飲食店をやるなら、5〜10年かけて回収する発想ではなく、最初から2〜3年で初期投資を回収できるモデルを設計しておく。派手な新規出店数の裏側まで数字で見通したうえで、私はそう結論づけたい。
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本稿で見たとおり、ドバイ事業は「何年で回収できるか」が勝負。だからこそ、入口の固定費=法人設立・ビザ・ライセンス費用は徹底的に抑えるべきです。Meti Lux Partnersは、フリーゾーン/メインランドの法人設立から居住ビザ取得まで、業界最安値水準・日本語フルサポートでご案内します。飲食に限らず、ドバイ進出を検討するすべての方へ。
料金・サービス詳細を見る(ドバイ進出専用ページ)・Dubai Department of Economy and Tourism(DET)飲食ライセンス関連資料(2024年)
・Dubai Department of Economic Development(DED/BRL)「2018年レストラン・カフェ統計」
・Dubai Municipality「食品関連施設総数」発表(2023年・2024年)
・AP通信「ドバイ飲食業界の高コストと高い失敗率」取材記事(2025年7月)
・補足:The National/Gulf News/Khaleej Times/What’s On Dubai 等の報道、および業界参考値(内装・初期投資コストは政府統計ではなく業界参考値)
・2018年開業店舗の存続状況は、当時の開業報道をもとにした本稿独自のサンプル調査(参考推計)
