Vol.1840:円という名の沈没船

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埜嵜 雅治

執筆者埜嵜 雅治

Meti Lux Partners 
代表取締役CEO

はじめに

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過去最大11.7兆円介入──それでも円が戻らない理由

財務省が2026年5月29日に発表した月次介入実績は、市場予測の10兆円規模すら上回る11兆7,349億円でした。

引用:Reutersより

財務官・三村淳氏が4月30日に「最後の退避勧告」とまで言い切った異例の介入予告のもと、4月30日・5月1日・4日・6日の計4回以上にわたる複数回介入が実施されたとみられる。

過去の介入との比較

期間介入額対象備考
2026年4〜5月11兆7,349億円ドル売・円買月次過去最大
2024年4〜5月9兆7,885億円ドル売・円買前回連休時
2024年7月5兆5,348億円ドル売・円買2日間
2022年10月6兆3,499億円ドル売・円買2日間
2022年9月2兆8,382億円ドル売・円買1日間
2011年10〜11月9兆916億円ドル買・円売円高対策(逆方向)

過去最大の介入規模にもかかわらず、現在の円相場は再び1ドル=160円に迫る水準で推移している。なぜこれほどの資金を投じても効果が持続しないのか?

「市場規模」という超えられない壁

日本銀行のデータによれば、外国為替市場の1日平均取引高は約4,402億ドル(2025年4月時点)、現在の円換算で約69兆円。今回の月次介入総額11.7兆円は、外為市場のわずか0.2日分の取引量に相当します。

比較指標金額(概算)
今回の月次介入総額11兆7,349億円(過去最大)
外為市場の1日取引高(円換算)約69兆円
介入総額が相当する取引日数約0.17日分
日本の使用可能外貨準備(証券+預金)約184兆円
同規模の追加実施可能回数理論上あと15〜16回

外貨準備から見れば「弾薬」はまだ残っている。しかし野村総合研究所が指摘するように、「為替介入は時間を買う政策に過ぎない」。貿易赤字・デジタル赤字・資本流出という根本的な円安要因には何ら手が届かない。

政府と日銀の「意思のミスマッチ」

介入効果を最大化するには政府・日銀の強力な政策協調が不可欠です。しかし現状では、円安阻止を優先する財務省と、急進的な利上げに慎重な日本銀行の間に温度差が存在してます。6月15〜16日の金融政策決定会合で日銀が追加利上げに踏み切らない限り、日米金利差は縮まらず、構造的な円売り圧力は続くと思われます。

円はなぜ「世界最弱通貨」になったのか

2026年1月にQUICKと日経ヴェリタスが実施した市場関係者調査では、主要8通貨の中で「2026年に最も弱い通貨」として円を挙げた回答者が約4割に達しました。円安はドルに対してだけでなく、ユーロ・ポンド・スイスフランなど欧州通貨に対しても広範に進行しています。

円安を駆動する「三層構造」

要因特徴・状況
第一層日米金利差FRB高金利 vs 日銀の慎重利上げ 依然376bp超の差
第二層構造的資本流出新NISA経由の家計外貨投資が恒常的な円売りフローに
第三層財政・政治リスク高市政権の拡張的財政政策と長期金利急騰リスク

第二層・第三層は従来の介入では対処不能な「構造的要因」があります。新NISAの導入により日本の家計が外貨建て資産を積極的に購入する行動変容が起きており、これは実需の円売りフローを恒常的に生み出す構造変化になっています。

「安全資産・円」神話の崩壊

かつて地政学リスクが高まると円は買われる「安全資産」として機能してきました。しかし今や、中東情勢の緊張・イラン問題・ホルムズ海峡リスクによる原油高騰が、エネルギー輸入コストを押し上げて円売り要因として作用する「逆転現象」が定着しています。地政学リスクが円高をもたらすという従来の常識は通用しない。

さらに今年1月、与野党が消費税減税を掲げた衆院選を機に長期金利が急騰し、円安も同時進行。ベセント米財務長官から厳しい視線を向けられる場面もあった。日本の財政運営そのものが為替リスクの発生源となりつつあるわけです。

見えざるドル不足──国際収支に刻まれた構造問題

表面上、日本の経常収支は依然として大幅黒字を維持している(2026年度予測:約32〜33兆円超)。しかしこの「黒字」の中身を分解すると、深刻なドル不足構造が浮かび上がります。

「黒字の幻想」:経常収支の内訳

収支項目2026年度(概算)トレンド
第一次所得収支(海外投資収益)+38兆円超◎ 黒字拡大
貿易収支▲2,050億円△ 赤字基調
サービス収支▲3.2兆円超▲ 赤字拡大
うちデジタル関連赤字▲6〜7兆円超▲▲ 急拡大中
経常収支(合計)+32〜33兆円黒字だが中身は空洞化


経常黒字の実態は「海外子会社からの配当・利子収入(第一次所得収支)」に支えられたものです。この収益の多くは円転されず海外で再投資されるため、外為市場での円需要には直結しないです。一方で、企業・個人が日々の決済に必要とするドルは、貿易・デジタル・エネルギーを通じて恒常的に流出し続けているわけです。

「デジタル赤字」という止まらない出血

GAFAMを中心とする米国Big Tech企業への依存により、日本のデジタル関連収支の赤字は急拡大しています。クラウドサービス・生成AI・動画サブスクリプション・著作権使用料など、企業・消費者がデジタル化を進めるほど対外ドル支払いは膨らむ構図です。

デジタル関連収支赤字(概算)
2023年▲5.5兆円
2024年▲6.8兆円(過去最大)
2025年上半期▲3.5兆円(年換算▲7兆円ペース)
2035年(三菱総研試算)▲18兆円(現在の約2.5倍)

このデジタル赤字は「見えないドル流出」として機能しており、経常黒字がいかに積み上がっても実需ベースのドル不足感は解消されない。さらにイラン情勢と連動した原油・LNG価格の高騰が重なれば、ドル需要はさらに加速する。11.7兆円の介入が焼け石に水である根本的な理由がここにあります。

投資家が今取るべき3つの行動指針

外貨建て資産への戦略的シフト

円安が構造的に継続するシナリオを前提とすれば、ポートフォリオの外貨建て比率を高めることが資産防衛の基本戦略となります。米国株・ETF、ドル建て債券、ドバイや米国の不動産などドル建てキャッシュフローを生む実物資産が有力な候補です。財務省が過去最大規模の介入を実施した後も円安が続く現実は、この方向性を強く支持している。

なお、次回の介入(あるいは日銀の利上げ決定)による一時的な円高局面は、外貨建て資産を割安に仕込む絶好のエントリーポイントとして活用すべきです。

「脱デジタル依存」テーマへの長期投資

日本のデジタル赤字問題は長期的に縮小を求められる政策課題であり、国産クラウド・半導体・AIインフラへの投資拡大が政策的に推進される可能性があります。関連する国内企業への長期投資は、円安ヘッジと成長投資の両立を狙える戦略です。デジタル赤字が2035年に18兆円超に拡大するという試算が現実となれば、代替産業の育成は国家的急務となる。

地政学リスクを「円安トリガー」として組み込む

中東情勢・ホルムズ海峡の緊張・原油価格変動は、従来の「リスクオフ=円高」という相関を逆転させています。地政学リスクが高まる局面では、円安加速と原油高騰が同時進行するシナリオを前提に、エネルギー関連ETF・産油国通貨建て資産・コモディティのヘッジ機能を積極的に活用すべきです

結論:「過去最大の介入」は、日本円が構造問題に直面していることの証左である

財務省が月次ベース過去最大となる11.7兆円という前例なき規模の介入を余儀なくされたこと自体が、円安の根がいかに深く張っているかを物語っています。

貿易赤字・デジタル赤字・実需の資本流出という三重の構造的円安圧力が解消されない限り、為替介入は「対症療法」であり「時間稼ぎ」でしかない。世界の外為市場関係者が「2026年最弱通貨は円」と見なす判断は、単なる投機的ポジションではなく、日本経済の構造変化を正確に織り込んだ市場の現実認識です。

投資家に今必要なのは「円高回帰への期待」ではなく、「円安が続く世界」を前提とした資産構成への戦略的な転換です!!過去最大の介入後にもかかわらず円が160円に迫る現実は、その転換を先送りすることのコストを静かに、しかし確実に示しています。

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