
「戦争があると、ドバイの不動産は上がる」。
ドバイ不動産をすすめる人が、よく使う“殺し文句”です。世界のどこかで戦争が起きると、お金持ちのお金がドバイに逃げてくる。通貨はドルと連動しているから安全。家賃の利回りも高い。だから戦争はむしろチャンスだ、と。
聞くと「なるほど」と思ってしまいます。でも私は、この言い方にはっきり異を唱えたいと思います。
この話が当てはまるのは、「ドバイが戦争に関係していないとき」だけ。今回のイラン戦争のように、ドバイ自身が戦争に巻き込まれると、話はまるで逆になります。むずかしい言葉は抜きにして、まずは一つ、たとえ話から始めさせてください。
たとえ話:ドバイは「世界の高級ホテル」です
ドバイを、大きくて安全な高級ホテルだと思ってください。
世界のどこかの街で火事(=戦争や混乱)が起きると、その街のお金持ちは、安全な場所に避難しようとします。お金も一緒に連れていきます。その避難先に選ばれるのが、この「安全なホテル=ドバイ」です。
避難してくる人が増えれば、ホテルの部屋(=不動産)は次々に埋まり、部屋代(=価格)は上がります。これが「戦争でドバイ不動産が上がる」の正体です。
実際に、そういうことが起きました。2022年、ロシアがウクライナに侵攻したときです。ロシアの富裕層のお金が、どっとドバイに流れ込みました。
住宅の売買件数:8万6,000件超(過去最高)
価格:この年+11%(前年の2021年は+21%)
買い手:ロシア人が「外国人の買い手」でいちばん多かった
大手の調査会社ナイトフランクによれば、2020年からの値上がりは約124%、つまり2倍以上になったとされています。私がこの数年、現地で見てきた熱気も、まさにこれでした。
①税金が、とにかく安い。個人の所得税や住民税、さらに株や不動産を売って得た利益にかかる税金まで、基本的にゼロです。
②移住のハードルが、とても低い。不動産購入(目安としてAED200万=およそ8,000万円の物件で10年の「ゴールドビザ」、より少額なら短期の居住ビザ)や法人設立で、比較的かんたんに居住権が得られます。
よく“無税の国”として名前が挙がるモナコは、現地銀行に多額(数億円規模ともいわれます)の資金を預け、超高額な住まいを構えるのが前提で、入り口はごく狭い。シンガポールはそもそも所得税があり、投資家向けビザは十数億円規模の投資が必要です。
「税の軽さ」と「移住のしやすさ」を、ここまで両立している国は、世界を見渡してもほかにありません。これがドバイが選ばれる、本当の理由です。(通貨のディルハムが米ドルと連動する“ドルペッグ”で価値が安定している点も、お金の置き場所として安心材料になっています。)
ここが、いちばん大事なところです。
この値上がりは全部、火事(戦争)がドバイの“外”で起きていたから起きました。ウクライナの戦火は、ドバイまでは届きません。だからドバイは「安全なホテル」でいられたのです。
今回は、ホテル自身が火事になりました
では、今回のイラン戦争はどうだったか。ここが決定的に違います。
2026年2月28日に始まった、アメリカ・イスラエル対イランの戦争。このとき、UAE(ドバイがある国)も戦争の当事者の側に回りました。イランは、お隣のアブダビをはじめ、湾岸のあちこちを狙いました。つまり、避難先だったはずのホテルそのものが、火事に巻き込まれたのです。
ホルムズ海峡(石油を運ぶ船の通り道):封鎖され、約150隻が立ち往生
空の便:空港が一時閉鎖され、数万便が欠航
観光:UAEの稼ぎの約13%(約700億ドル)が揺らいだ
戦争で上がるのは、ドバイが“外側”にいるとき。
ホテル自身が燃えたら、話は逆になります。
数字は正直でした。株も、不動産も下がった
「戦争で上がる」が本当なら、今回も上がるはずでした。でも、現実ははっきり逆でした。
アブダビの株価指数:約▲9%
2つの市場から消えたお金:合計で約1,200億ドル
さらにUAEは、一時、株の取引そのものを止めました
肝心の不動産も、同じ方向に動きました。
上半期の売買総額:前年比▲16%
第3四半期(7〜9月):売買件数▲38%、金額▲47%(=ほぼ半分)
価格:2025年末から9月で▲5〜15%(S&Pなど業界集計)
そして、これがいちばん分かりやすい証拠です。ドバイ最大手のデベロッパー(開発会社)エマール。あの世界一高いビル、ブルジュ・ハリファを建てた会社です。
ホテルの稼働率:前年の約80% → 約60%へ
株価:年初から約▲18%
街でいちばん強い開発会社ですら、売れ行きがほぼ半分になりました。市場全体の売買件数も、ほぼ半分です。もし「戦争でドバイは上がる」が正しければ、こんなことは起きないはずですよね?
同じドバイの、同じ不動産です。戦争があった、という事実も同じ。違うのは「ドバイが当事者かどうか」だけ。それだけで、値動きは正反対になりました。理由はシンプルで、避難先が、避難される側になったからです。
「通貨がドルと連動だから安全」も、今回は万能ではなかった
「ディルハムはドルと連動(ペッグ)だから強い」。これも、よく聞くセールストークです。平時なら、その通りです。私もこの仕組みの強さは認めます。
でも今回は、石油の流れ・船の物流・観光が、いっぺんに止まりました。国の「お金を稼ぐ蛇口」が同時に細ったのです。一部の報道では、UAEがドル不足に備えて、アメリカと通貨の融通(スワップ)を模索した、とも伝えられました。「ドルと連動だから絶対安心」で、考えを止めてはいけないということです。
「お金持ちは逆張りで買う」も、使い方を間違えると危ない
「本当のお金持ちは、下がった時こそ逆張りで買う」。これもよく聞きます。考え方そのものは、一理あります。私も否定しません。
実際、これだけ下げても、超お金持ちの実需は生きています。第3四半期だけで、1件10億円を超えるような超高額住宅が86件も売れました。調査会社は今回の下げを「仕組みの問題ではなく、気分(心理)の問題」と見ていて、停戦の話が進むたびに買い手は戻ってきました。暴落ではなく“調整”、という見方です。
でも、ここをはき違えてはいけません。
「戦争だから上がる」と思って飛び込むのと、「今は当事者リスクで下がっているから、体力のある物件を選んで拾う」のは、まったくの別物です。
前者はただの神話。後者は戦略です。
しかも今回の停戦は、2026年のうちに何度か試みられては、そのたびに崩れました。戦争はまだ終わっていません。だから「もう底だ」と決めつけて飛び込むのは、まだ早い、というのが私の見立てです。
私は、ドバイ不動産そのものを否定しているのではありません。むしろ好きです。ただ、「戦争なら上がる」という一言で判断するのは、あまりに危うい。上がる戦争と、下げる戦争があります。その違いは、たったひとつ、「ドバイが当事者かどうか」。だからこそ私は、ひとつの国・ひとつの通貨・ひとつの“うまい話”に、資産を全部は預けない。円だけに頼らないのと、まったく同じ考え方です。
本文で紹介した「戦争で上がった」数字は、平時やドバイが“避難先”だった局面のものです。空域閉鎖・ホルムズ海峡・観光停止といった当事者リスクが表に出ると、同じ物件でも値動きは逆方向になり得ます。2026年の停戦は複数回試みられたものの崩れており、情勢は流動的です。本稿は特定の事業者を誹謗する意図はなく、また特定の物件・時期の売買を推奨するものでもありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。
私がドバイを見るときは、「戦争だから買う」ではなく、次の3つを必ず確認します。初心者の方ほど、ここだけは押さえてください。
① その戦争に、UAE自身が巻き込まれているか(=避難先なのか、標的なのか)。
② ホルムズ海峡と、空港・観光が動いているか(ここがドバイの“生命線”です)。
③ 値下がりしているのは市場全体か、それとも一部の弱い物件だけか。
この3つが分からないうちは、私なら動きません。「戦争なら買いですよ」と背中を押してくる話ほど、まずこの3点を確かめてください。大事なのは「戦争」という言葉ではなく、その戦争でドバイがどちら側にいるか、です。
弊社は、ドバイで不動産のブローカーライセンスを保有する会社です。
ドバイ不動産のお困りごとは、どんな素朴な疑問でも、お気軽にお問い合わせください。現地の実務目線で、リスクも含めて正直にお答えします。
関連サービス
出典:Al Jazeera/Bloomberg/The National/Gulf Business(Cavendish Maxwell)/Outlook Business(PTI)/Arabian Business/AGBI(Emaar決算)/Knight Frank/S&P Global Ratings/Dubai Land Department/Wikipedia「2026 Iran war」ほか(ドバイ不動産・UAE市場・イラン戦争、2022年〜2026年10月)。数値・制度は執筆時点のものです。
