
利益は出ているのに、その現金は自由に使えない——多くの医療法人が抱える「余剰資金の塩漬け」問題。株式もNISAも実質的に回せないその現金に、じつは2014年に厚生労働省が正式に開いた「海外への出口」があります。本稿では、医療法人が海外クリニックへ資金を動かせる制度的な仕組みと必須条件、そして実際に「クリニックの売り物件」が流通するドバイ市場のリアルを整理します。
| 読了時間 | 約6分 |
| 対象読者 | 余剰資金の運用先に悩む医療法人の理事長・オーナー医師 |
| この記事で分かること | ①医療法人の現金がなぜ”塩漬け”になるのか ②2014年に解禁された海外クリニック出資の仕組みと4つの条件 ③ドバイのクリニック売買市場のリアルな価格帯と規制 |
目次
医療法人の「余っている現金」には、意外なほど使い道がない
クリニックの経営が軌道に乗り、医療法人に現金が積み上がってくる。ところが「そのお金を何かに回そう」とした瞬間、多くの理事長が壁にぶつかります。医療法人は非営利法人であり、医療法第7条第6項によって営利目的の事業は認められていません。本来業務はあくまで医療の提供です(医療法第39条)。
現金の扱いについても、厚生労働省の「医療法人運営管理指導要綱」が明確に定めています。要綱は、現金は銀行・信託会社への預入もしくは信託、または国公債もしくは”確実な有価証券”に換えて保管するもの、としています。都道府県の指導実務では、株式投資は「営利目的」とみなされ得るため、モデル定款どおりの運用では実質的に難しいのが現実です。2024年からの新NISAブームで投資熱が高まっても、医療法人ではその現金を自由に回せない——これが多くの医療法人の「塩漬け問題」の正体です。
しかし2014年、厚労省は「海外への道」を正式に開いていた
ここで見落とされがちなのが、医療法人でも海外の医療分野には資金を動かせる、という点です。平成26年(2014年)3月19日、厚生労働省医政局は「医療法人の国際展開に関する業務について」(医政発0319第5号、最終改正 平成30年3月30日 医政発0330第33号)を通知。これにより、医療法第42条の附帯業務として「国際協力等の観点から、海外における医療の普及又は質の向上に資する業務」=「海外における医療施設の運営に関する業務」が正式に位置づけられました。
ルートは大きく2つです。ひとつは海外に分院を開設する方法。もうひとつは、現地の医療法人・医療施設に”出資”する方法で、こちらは医療法人が経営主体としてではなく「投資者」として参加する形になります。いずれも”抜け道”ではなく、監督官庁が制度として認めた正規ルートである点が重要です。
“塩漬けの現金”を海外の医療資産に変える道は、2014年からすでに制度として存在している。問題は「動かせるか」ではなく「制度の枠内でどう動かすか」だ。
ただし「余剰資金を全部」ではない──満たすべき4つの条件
魅力的な制度ですが、現預金を無条件に全額動かせるわけではありません。実行には次の要件を満たす必要があります。
① 定款変更の認可
附帯業務として定款に明記し、都道府県知事の認可を受ける必要があります。認可を得ずに実行すれば医療法違反となり得ます。
② 上限は「繰越積立金」の範囲内
出資できる金額は、直近会計年度の貸借対照表に計上された繰越積立金の範囲内に限られます。手元の現預金の全額を動かせるわけではない、という点が最大の注意点です。
③ 会計基準の適用と事前届出
医療法人会計基準に基づく会計処理を行っていること。さらに出資の前に、出資先法人の名称・出資価額等を都道府県へ届け出る必要があります。
④ 本院優先と年次報告
日本国内の本院の業務に支障のない範囲で行うことが前提です。加えて、毎会計年度終了後3か月以内に「国際展開に関する業務」の事業報告書を監督庁へ提出する義務があります。
買収先の実例──ドバイには「クリニックの売り物件」市場がある
では、実際にどこで海外の医療施設を探すのか。ドバイには、免許付きの医療施設(クリニック・医療センター・病院)の売却情報を専門に扱うプラットフォームが存在します。その一例が「MedGrowth」です。同サイトでは、DHA(ドバイ保健局)またはDHCC(ドバイヘルスケアシティ/医療フリーゾーン)の免許を持つ施設が売りに出されています。
価格帯は幅広く、最安で約AED75万(1ディルハム≒43円換算で約3,200万円/2026年9月時点の目安)の予防医療センターから、AED150万(約6,400万円)の小規模施設、そしてJCI認定病院はAED650M(約278億円)まで。免許は事業譲渡とともに移転が可能で(規制手続きは必要)、外国人でも取得でき、多くのストラクチャーで100%所有が認められています。非医師でもオーナーになれますが、その場合は免許を持つメディカルディレクターの選任が求められます。
新規にゼロから開業するのではなく既存施設を買収する合理性は明確です。免許・専門診療科の承認・内装・医療機器・保険会社パネルがすでに整っており、開業までの十数か月のリードタイムと初期費用を圧縮できるためです。譲渡には通常、NDA締結→情報開示→施設視察→条件合意→免許・法人・賃貸契約の移転、という流れで3〜6か月程度を要します。
「施設・不動産を買う」ときに、絶対に整理すべき論点
ここで注意が必要なのが、「何を、どのストラクチャーで買うか」です。医療法人ルートで取得できるのは、あくまで「医療施設の運営」または「現地医療法人への出資」です。純粋な投資用不動産・収益物件の保有は、医療法第42条によって制限されており、医療法人が持てる不動産は原則として医療機関等の用途に限られます。
したがって、「クリニックそのものを運営・出資する」なら医療法人の国際展開業務ルート、「純粋な不動産投資として建物・土地を持ちたい」ならMS法人(メディカルサービス法人)や個人・海外法人という別のストラクチャーが現実的です。MS法人は会社法上の営利法人であるため、投資用不動産の取得や資産運用の自由度が高く、実務では医療法人と役割を分担させる設計が一般的です。目的(運営か/投資か)と資金の出どころを先に設計しないまま動くと、認可が下りない、あるいは医療法違反となるリスクがあります。
⚠ ご注意
本コラムは制度の概要を示すものであり、個別の税務・法務助言ではありません。医療法人の海外出資・分院開設は、定款変更認可・繰越積立金の範囲・事前届出・年次報告・本院への支障がないこと等、複数の要件を同時に満たす必要があり、要件を欠くと医療法違反となる可能性があります。またUAE側の免許・所有規制、日本側の外為法・税務も併せて確認が必要です。実行前に必ず所轄の都道府県および専門家にご確認ください。
💡 投資家の視点
要点は「余剰資金を眠らせない」ことと「制度の枠内で動く」ことの両立です。医療法人の現金は”確実な有価証券”の壁に阻まれる一方、2014年以降は国際展開業務という正規の出口があります。繰越積立金という上限と、本院に支障がないことという歯止めを理解したうえで、①医療法人からの出資 ②MS法人・個人による施設取得のどちらが自分の目的に合うかを先に決めることが、失敗しない第一歩です。
医療法人の余剰資金の”出口設計”、
ドバイ・海外クリニックの買収可否、
ストラクチャーの選び方まで。
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出典・参考
- 厚生労働省「医療法人の国際展開に関する業務について」(医政発0319第5号 平成26年3月19日、最終改正 医政発0330第33号 平成30年3月30日)
- 厚生労働省「医療法人の業務範囲」/医療法第7条・第39条・第42条
- 厚生労働省「医療法人運営管理指導要綱」(現金の保管に関する定め)
- 東京都保健医療局「医療法人の国際展開に関する業務について」(事業報告書の提出に関する案内)
- MedGrowth「Clinics, Medical Centres and Hospitals for Sale in Dubai」 https://www.medgrowth.ae/clinics-for-sale
