Vol.1878:1ドル163円──日本人の「心が折れる日」はいつか。エジプトが証明した”外貨規制後は手遅れ”という現実

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埜嵜 雅治

執筆者埜嵜 雅治

Meti Lux Partners 
代表取締役CEO

MLP INVESTOR COLUMN  |  GLOBAL MACRO / 為替・資産防衛

1ドル163円。日本人の「心が折れる日」はいつか。
2,239兆円が動き出す時、円は本当に終わる──そして”その瞬間”には、もう資産は動かせない。

読了時間
約6分
対象読者
円資産に偏りを感じている方/通貨・国の分散を検討し始めた方
この記事で分かること
家計の円売りが構造化している数字の実態/「心が折れる」引き金/エジプトが示す”外貨規制後は手遅れ”という現実

2026年7月22日、円は対ドルで163円台をつけました。1986年12月以来、約40年ぶりの安値です。為替介入も、口先介入も、利上げ観測も、下落を止めきれていません。

ここで多くの人が見落としているのは、今の円安を動かしているのが「投機筋」だけではない、という点です。もう一つの主役は――私たち日本の「家計」そのものです。

円安を静かに支える「家計の円売り」

新NISAが始まった2024年以降、個人の海外投資マネーが為替相場を押し下げる大きな要因になっています。オルカン(全世界株)や米国株の投信は、新規マネーが入るたびに毎朝、円を売って外貨に替えます。重要なのは、この円売りが「為替水準に関係なく」機械的に行われることです。円が高かろうが安かろうが、毎月の積立が実行されるたびに円は売られ続けます。

対外証券投資:2023年 → 4.5兆円
投信経由の家計の海外投資(買い越し)。
対外証券投資:2024年 → 11.5兆円
前年の約2.5倍。データを遡れる2005年以降で最大。うち9割が新NISA個人を映す「株式・投資ファンド持ち分」。
長期構造:外貨建て対外証券投資は四半世紀で8倍
5.0兆円 → 40.5兆円。家計に占める構成比も0.4%→2.8%へ。外貨預金は約2倍、外貨建て投信は約7倍。
試算:新NISAだけで年0.7〜3.9兆円の資金流出
2027年にかけてドル円を1〜6円弱押し下げる計算(日本総研試算)。

この積立の円売りは、毎月定額で持続性が高く、「従来の機関投資家をしのぐ円売り主体が生まれた」とも指摘されています。つまり今の円安は、一過性のイベントではなく”構造”に組み込まれつつあるということです。

だが、これはまだ「折れていない」段階にすぎない

ここが本題です。今の円売りは、あくまで「淡々とした積立」です。日本人の大半は、まだ円を”見限って”はいません。では、もし日本人の心が本当に折れたら――どれだけの弾が動くのか。

家計金融資産は2,239兆円で過去最高。
そのおよそ半分が、いまだ「円の現預金」のまま眠っている。

2,000兆円を超える巨大な資産の、まだ半分が円のまま置かれている。これは裏を返せば、「折れたら動く弾は、ほぼ無限にある」ということです。みずほ銀行の唐鎌大輔氏は、本当に怖いのは投機ではなく「家計の円売り」による資本逃避だと指摘します。日本人はFXや暗号資産にも関心が高く、決して投資意欲が低いわけではない。円の価値低下がインフレ・値上げとして”生活実感”になった時、家計は一斉に動き出す可能性がある、と。

つまり「心が折れる」引き金は、金利差でも、チャートでもありません。スーパーの値札と、通帳の残高で感じる購買力の低下です。そしてそれは、静かに、しかし確実に近づいています。

エジプトが教える”手遅れ”の正体

私たちが現地で見てきたエジプトは、この「通貨を見限られた国」で何が起きるかを、生々しく教えてくれます。エジプト・ポンドは2016年に1ドル≒8.8ポンドでしたが、その後の度重なる切り下げで、2022年に30ポンド台、2024年3月には50ポンド台へと暴落しました。

問題は、その”防衛策”です。政府と中央銀行は、ポンド下落を止めるために――そして外貨が国外へ逃げるのを止めるために――規制をかけました。

外貨引出しの上限規制
2016年の変動相場制移行と同時に、政策金利3%引き上げに加え、外貨の引出し・預金に上限規制を導入。
輸入決済のL/C義務化(2022年)
輸入取引に信用状の利用を義務付け、外貨の流出を絞った。事実上、モノもカネも止まった。
持ち出しの制限
国内取引は原則ポンド建て。出国時の外貨持ち出しは入国時の申告額まで、申告なしなら1万ドル相当が上限。

ここに、日本人が学ぶべき最大の教訓があります。これらの規制は「通貨が売られてから」導入されたということです。ポンドが暴落し、外貨不足が深刻化してから、政府は”蓋”をしました。その蓋が閉まった後では、国内にいる人々は自分の資産を外に逃がすことが、極めて難しくなります。

外貨規制は、いつも「手遅れになってから」引かれる。
資産を動かせるのは、蓋が閉まる”前”だけだ。

日本が明日すぐに外貨規制を敷く、という話ではありません。しかし、通貨防衛の歴史はどの国でも同じ順序をたどります。①通貨が売られる → ②当局が介入する → ③介入で止まらない → ④資本規制で”逃げ道を塞ぐ”。エジプトも、かつてのタイやトルコも、この順序でした。そして④が発動された時、国民にできることはもう、ほとんど残っていないのです。

「折れる前」にできる、静かな備え

大切なのは、パニックで動くことではありません。むしろ逆で、周りがまだ折れていない”今のうち”に、静かに通貨と国を分散しておくことです。具体的には、資産の置き場所を日本国内・円だけに集中させず、海外の銀行口座や海外の証券口座に一部を移し、いざという時に動かせる”出口”を確保しておくこと。これは投機ではなく、通貨危機の歴史から導かれる、地味で堅実な「保険」です。

⚠ 注意

為替や海外投資には価格変動・信用・カントリーリスクが伴います。本コラムは特定の金融商品の売買を推奨するものではなく、投資判断はご自身の責任で行ってください。海外口座・海外投資には各国および日本の税務・報告義務(国外財産調書等)が関わる場合があります。

💡 投資家の視点

「円が下がってから動く」では、エジプトの事例が示す通り遅すぎる可能性があります。判断すべきは”為替の底値”ではなく、”逃げ道が開いているか”。分散の目的は儲けることではなく、選択肢を失わないこと。まだ蓋が開いている今こそ、出口を一つ用意しておく意味があります。

「折れる前」の分散、何から始めるべきか。

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出典

・財務省「対外及び対内証券売買契約等の状況」/日本銀行「資金循環統計」
・日本経済新聞「家計の円売り、はや前年上回る 新NISAで1〜5月5.6兆円」(2024年6月)
・大和総研 レポート(2024年の対外証券投資に関する分析)
・みずほ銀行 マーケット・トピック「いよいよ終焉を迎える『現預金50%』時代」(2025年10月)
・日本総合研究所「新NISA、今後4年で最大対ドル6円の円安圧力に」(2024年1月)
・唐鎌大輔『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経プレミアシリーズ)
・JETRO「エジプト 為替管理制度」「エジプト中銀が変動相場制への移行発表」
・中東調査会「エジプト:変動相場制へ移行」
・Seoul Economic Daily / Trading Economics / Bloomberg(2026年7月・円相場および為替介入関連報道)

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