
INVESTOR COLUMN ── Vol.1860
〔補足コラム〕前回 Vol.1851「利上げでも止まらない円安」の続編 ── 円安を“裏側”から動かしているもう一つの力を読み解く
| Category | 地域別経済情報/日本・米国 |
| Region | 日本・米国・欧州 |
| Keyword | サムライ債・グローバル円債・通貨スワップ・円安・通貨分散 |
| 執筆/読了 | 埜嵜 雅治(Meti Lux Partners 代表)/約7分・2026.06.26 |
前回のコラム(Vol.1851)で、弊社は「利上げをしても円安は止まらない」という、教科書とは逆の現実を整理しました。日米の金利差、恒常的な円売り、実質金利マイナス——これらが構造として円を押し下げている、というお話です。
今回はその“続き”です。実は円安を裏側から後押ししている、もう一つの大きな流れがあります。それが「世界中の優良企業が、円で借金を始めた」という事実です。
2026年5月、米グーグルの親会社アルファベットが、創業以来はじめて円建ての社債を発行しました。その額、なんと5,765億円。海外企業が発行する円建て債としては、あのバフェット氏のバークシャー・ハザウェイを抜いて過去最大です。「世界一クラスの企業が、なぜ“円”で資金を集めるのか」——ここに、いまの円が置かれた立場がはっきり表れています。
目次
何が起きたのか──グーグルが「円」で5,765億円を借りた
まず事実関係を整理します。アルファベットは2026年5月15日、初の円建て社債(国内外の投資家が買える「グローバル円債」形式)の発行条件を決めました。年限は3年・5年・7年・10年・15年・30年・40年の7本立てで、最も多かったのは5年債(発行額2,005億円、表面利率2.412%)です。
注目すべきは、この調達の“目的”です。日本に工場を建てるためでも、日本企業を買うためでもありません。報道によれば、世界中で激化するAIインフラ(データセンターなど)への巨額投資の「弾薬」を確保するための、資金調達源の多様化が狙いです。実際、アルファベットは同じ2026年に、米ドル・英ポンド・スイスフラン・ユーロ・カナダドルでも立て続けに起債しており、円は6通貨目でした。
ここで一つ、覚えておきたい言葉があります。海外の企業や政府が日本国内で発行する円建て債を「サムライ債」と呼びます。1970年にアジア開発銀行が発行したのが最初で、半世紀以上の歴史を持つ仕組みです。今回のように世界の投資家も買える形にしたものは「グローバル円債」と区別されますが、「海外勢が円で借りる」という本質は同じです。
円で借りているのは誰か──広がる海外発行体のリスト
「円で借りる海外企業」は、グーグルだけではありません。むしろ、ここ数年で静かに、しかし確実に増えています。代表的な顔ぶれを並べると、円という通貨がいま世界からどう見られているかが見えてきます。
| 発行体 | 概要 | 時期 |
|---|---|---|
| アルファベット (米/グーグル親会社) | 初の円建て債。5,765億円で海外企業として過去最大。AIインフラ投資の資金多様化 | 2026年5月 |
| バークシャー・ハザウェイ (米/バフェット氏) | 円建て債の常連。2019年に当時最大の4,300億円を起債し、以降ほぼ毎年発行。調達した円の多くは日本の商社株などへ投資 | 2019年〜継続 |
| 香港上海銀行 (英HSBC傘下) | 600億円のサムライ債を起債 | 2024年 |
| ルノー・スロベニア政府・新韓銀行 (仏・スロベニア・韓) | 同じ日に3件が相次いで起債。3件合計で1,600億円超 | 2025年11月 |
| アフリカ輸出入銀行 | サムライ債の発行を検討 | 2025年〜 |
| 欧州の金融機関(多数) | 市場が不安定な局面で、落ち着いた日本市場での起債ニーズが高い | 継続 |
自動車メーカー、銀行、政府、新興国の開発金融機関、そして世界最大級のテック企業まで——業種も国籍もバラバラです。共通点はただ一つ、「円なら安く、大きく借りられる」という一点に尽きます。事実、サムライ債の起債額は国内金利の低位安定を背景に増加傾向で、2024年は前年同時点比で約6割増という年もありました。
なぜ“円”なのか──「低金利」と「円安」という二重の魅力
では、なぜ世界の優良企業はわざわざ円で借りるのでしょうか。理由は、前回コラムでお伝えした円安の構造と、見事に表裏一体です。
第一に、圧倒的な低金利です。日銀がようやく利上げに動いたとはいえ、米国をはじめとする海外の金利水準と比べれば、円の調達コストは依然として低い。同じ1兆円を借りるなら、利払い負担が小さい通貨で借りたい——財務担当者としては当然の判断です。アルファベットの信用格付け(S&Pで「AA+」)はむしろ日本国債(同「A+」)より上であり、低コストで大量の資金を吸い上げられる“理想的な借り手”でもあります。
第二に、円安そのものです。これは少し直感に反するかもしれませんが、価値が下がっていく通貨で借金をするのは、借り手にとって有利になり得ます。将来、円の価値がさらに下がれば、ドル換算での返済負担は実質的に軽くなるからです。「安い通貨で借りて、強い事業に投資する」——これは、いまの円が世界の財務戦略に組み込まれていることを意味します。
世界が円を「安く借りられる通貨」として使い始めた。
──それは裏を返せば、円がそれだけ“安い”ことの証明でもある。
円安を“加速”させる仕組み──借りた円は、日本に残るとは限らない
ここが、本コラムで最もお伝えしたい論点です。
円で社債を発行すると、企業の手元にはまず大量の「円」が入ります。しかし重要なのは、借りた通貨と、使う場所は一致しないという点です。グローバル企業は調達資金をグループ全体で管理し、必要に応じて「通貨スワップ(為替スワップ)」という仕組みを使って、円を実質的にドルなど別の通貨へ変換します。
たとえばアルファベットの狙いは世界規模のAIインフラ投資です。その資金需要の中心はドルですから、円で調達した資金の相当部分は、スワップ市場を通じてドルへ転換されると考えるのが自然です。この「円を売ってドルを得る」動きは、為替市場では円売り・ドル買いとして作用します。日本銀行やニッセイ基礎研究所の分析でも、「海外企業が円建て外債で調達した円を米ドルに転換する」動きが、為替スワップ市場の資金フローの一要因として挙げられています。
① 低金利と円安が、海外企業に「円で借りる」動機を与える
↓
② 借りた円がスワップを通じてドルに換えられる
↓
③ 円売り圧力が生まれ、円安がさらに進む
↓
④ 次の海外企業にとって、円はさらに“安く借りられる”通貨になる(①へ戻る)
この円安が円安を呼ぶ循環こそ、利上げや為替介入という“正攻法”だけでは断ち切りにくい、もう一つの構造です。前回お伝えした「金利差」「貿易・所得収支」に、この「世界の円調達」が加わっていると捉えると、円安の根の深さが見えてきます。
⚠ 留意点(重要なバランス)
すべての円建て債が円安を加速させるわけではありません。たとえばバークシャーは、円で調達した資金の多くを日本国内の商社株などへ投資してきました。この場合、円は日本国内にとどまり、為替への影響はむしろ中立〜限定的です。マイクロソフトのように日本のAIインフラへ直接投資する動きもあります。重要なのは「円で借りた」事実そのものより、その円が国内に残るのか、ドルへ抜けていくのかという資金の“向き”です。ニュースを読むときは、ここを見極める視点を持ちたいところです。
投資家への視点──このニュースから読み取るべき3つのこと
💡 投資家への視点
① 円の「安さ」は、世界に利用される段階に入っている。
かつて円は「有事の安全資産」でした。いまや円は「世界が安く借りる通貨」へと役割が変わりつつあります。これは円の地位の変化を象徴する出来事であり、一過性のニュースとして流すべきものではありません。
② 「グーグルの円債が買えるか」より、「円偏重を見直す合図」と捉える。
今回のような大型グローバル円債は、原則として適格機関投資家向けで、個人が直接買うのは簡単ではありません(主幹事による小口化の可能性はゼロではありませんが)。むしろ本質は、世界の超優良企業ですら円を“借りる側”に回っているという事実を、自分のポートフォリオが円に偏っていないかを点検する材料にすることです。
③ 答えは投機ではなく、地味な「通貨分散」。
前回と同じ結論に行き着きます。円が構造的に押し下げられやすい以上、資産の一部を円以外の通貨・地域・資産クラスに移しておく。それも思いつきではなく、為替変動に耐える設計と、正式な口座・登記という基本動作を踏んだうえで。これが「守りの分散」です。
通貨分散の現実的な選択肢(一例)
- 外貨建ての銀行・証券口座を持ち、円偏重のポートフォリオに「逃げ場」を用意する
- ジョージアの銀行定期預金など、相対的に高い金利を狙える外貨運用
- エジプト短期国債のように、新興国の高金利+通貨動向を組み合わせる運用
- 法人や財団を介した資産管理で、為替・税務の両面から構造を最適化する
結び──「世界が円で借りる」時代の、資産防衛
グーグルの5,765億円という数字は、単なる資金調達のニュースではありません。それは「世界一クラスの企業ですら、円を“安く借りられる通貨”として選んでいる」という、円の現在地を映す鏡です。
借りる側にとって魅力的な通貨は、持ち続ける側にとっては、価値が目減りしやすい通貨でもある——。前回お伝えした「円だけで持つ時代の終わり」は、利上げの局面でも、世界が円で借りる局面でも、同じ結論を指し示しています。
ニュースの見出しを「グーグルが日本に来た」と読むか、「世界が円を安く使い始めた」と読むか。その視点の差が、これからの数年の資産防衛を分けると、弊社は考えております。
円偏重のポートフォリオ、点検してみませんか
「世界の優良企業が円で借りていると知って、円のままで大丈夫か気になった」——そう感じた今が、見直しの好機です。弊社では海外銀行・証券口座の開設、ジョージア定期預金やエジプト短期国債を用いた外貨運用、法人・財団を介した資産管理まで、お一人おひとりの状況に合わせて通貨分散の設計をご提案します。まずはお気軽にご相談ください。
関連サービス・リンク
主な参照情報源:日本経済新聞、Bloomberg、ロイター、Business Insider Japan、日本銀行、ニッセイ基礎研究所、SMBC日興証券、アイ・エヌ情報センターほか(2024〜2026年の公表・報道に基づく)。発行額・年限・利率等の数値は各報道時点のものです。本稿は特定の金融商品の購入・運用を推奨・勧誘するものではありません。為替・金利・債券価格は変動し(特に利上げ局面では既発債の価格が下落する点にご留意ください)、投資判断はご自身の責任において、最新情報をご確認のうえお願いいたします。
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