長らくエジプトでは、外国人の不動産所有は「1人または1世帯あたり2件まで」という見えない天井に縛られてきました。根拠は1996年法律第230号。ところが外貨不足に直面した政府は、この上限を自ら手放す方向へと舵を切っています。本コラムでは、外国人が複数物件を保有できるようになった一連の規制緩和の全容と、投資家として注視すべき実務・リスク両面の論点を整理してまいります。
目次
「2件まで」という長年の天井
エジプトで外国人が不動産を購入する際、長らく立ちはだかってきたのが保有件数の上限でした。1996年法律第230号のもとでは、外国人は全国で最大2件・各物件4,000㎡以下と定められていました。加えて登記後5年間は売却できないという制約もありました。
複数物件で賃貸ポートフォリオを組みたい投資家にとって、この「2件の天井」は無視できない制約でした。しかし、その前提が2023年以降の一連の措置によって大きく崩れつつあります。
| 論点 | 旧来の原則(法律230号) | 新枠組み(2023年以降) |
|---|---|---|
| 保有件数 | 最大2件まで | 外貨建てなら実質上限なし |
| 面積 | 各4,000㎡以下 | 承認済み開発区では緩和の動き |
| 支払い | 規定なし | 海外からの外貨送金が条件 |
| 居住権 | ― | 一定額の投資で更新型の居住許可 |
転機となった2023年の内閣政令
潮目が変わったのは2023年です。エジプト内閣は外貨準備の積み増しと対内投資の呼び込みを目的に、外国人の住宅所有規制を緩和する政令を発令いたしました。最大のポイントは、取引を外貨で行い、海外から外貨を送金することを条件に、「2件まで」という従来の保有件数の上限が外れたことです。
つまり、海外から正規の外貨送金で支払う投資家は、件数の上限を実質的に気にすることなく複数物件を取得できる道が開かれました。同年9月には居住権申請にあたり外貨両替の証憑提出を求める政令も施行され、「外貨を持ち込む投資家を優遇する」という政府の姿勢が制度面でも明確になっております。
規制緩和は「点」ではなく「線」である
2023年の措置を単発の例外と捉えると、本質を見誤ります。これは一連の政策の流れの一部です。
2024年初頭には砂漠地法(1981年法律第143号)が改正され、投資プロジェクト目的であれば外国人が土地を完全所有できるよう、従来のエジプト側マジョリティ出資要件が撤廃されました。そして2025年3月、政府は外国人への不動産販売を通じて年間100〜150億ドルの外貨獲得を目指す「国家戦略」を正式に打ち出しています。
件数規制の緩和、土地所有の開放、投資による居住権、そして年150億ドルという数値目標──これらは別々の出来事ではなく、外貨流動性を確保するための国家的な政策パッケージとして読むべきものです。エジプトは「規制する国」から「誘致する国」へと立ち位置を移しつつあります。
なぜ今、エジプトなのか
件数規制の緩和以外にも、投資家を惹きつける要素は揃っています。
- 高い賃貸利回り──カイロの粗利回りは平均8%台とされ、成熟市場を上回る水準が報告されています。
- インフレ下での資産保全──通貨安・高インフレ環境にあって、実物資産である不動産は部分的な価値保全機能を持ちます。
- 投資による居住権──短期は5万ドル前後、長期更新型は10万〜20万ドル規模が目安とされ、複数物件の価値を合算して基準を満たす運用も認められつつあります。
- 重点エリアの拡大──新行政首都(NAC)、ニューカイロ、シェイクザイード、北海岸、ラス・エル・ヘクマ、紅海沿岸など、外国人購入が可能な大型開発が次々と立ち上がっています。
投資家が見落とすべきでないリスク
規制緩和は追い風ですが、エジプト不動産には固有のリスクと手続き上の落とし穴が残ります。投資判断にあたっては、以下を冷静に織り込む必要がございます。
- 登記(グリーンコントラクト)の有無──契約書への署名は所有権の確定を意味しません。州の登記簿に正式登記された物件こそが、第三者に対抗できる安全な所有形態です。
- 外貨送金と証憑──緩和の恩恵を受けるには、海外からの外貨送金とその証明書類の提出が前提です。
- 治安審査──外国人購入には1〜2か月程度の身元審査(セキュリティクリアランス)が伴います。
- 購入できない地域──シナイ半島、シャルムエルシェイク・ダハブ・アカバ湾沿い、国境地帯、軍事区域、農地、紅海の島嶼、遺跡・文化財指定地は対象外、または特別承認が必要です。
- 未完成(オフプラン)物件──スケルトン状態での販売が多く、即入居・即運用ができないケースがあります。完成率と引き渡し実績の確認は必須です。
- マクロ・通貨リスク──地政学情勢や為替の急変は、外貨建て投資家のリターンを大きく毀損し得ます。
結び ── 「誘致される側」になった投資家へ
エジプトは、外国人不動産投資を「制限する国」から「外貨獲得のために積極的に誘致する国」へと立ち位置を変えました。2件規制の事実上の撤廃、砂漠地法の改正、投資による居住権、そして年150億ドルを掲げる国家戦略──これらは点ではなく、一本の政策の線として読み解くべきものです。
一方で、登記制度の不透明さや手続きの煩雑さといった構造的課題は依然として残ります。機会を取りに行く投資家ほど、外貨送金の設計・正式登記・購入可能地域の確認という三つの基本動作を徹底すること──それが、開かれた門の先でリターンと安全性を両立させる鍵になると弊社は考えております。
